プロフィール

ユーケンのプロフィール

簡単な自己紹介

月10冊読書

「耳が聞こえなくてもカッコよく」をモットーに日々努力

夢を叶うために日々努力

好きな言葉 継続は力になり

公式LINE https://lin.ee/9vJScZF

Twitterアカウント (@Kenn12Yu) / Twitter

ユーケンの生い立ち

聴覚に障害があると気づいたのは、僕が2歳の時。僕の父が僕を呼ぼうと声をかけたが、振り向かなかったことに対し、床にトントンと叩いた。しかし、積み木に集中していた。おかしいと感じた両親が僕を病院へ連れて行くと、聴覚に障害があると診断。

積み木で遊んでいる僕の背中を見た僕の母が、「産んでごめんね」と罪悪感を持ったそうです。今思い出すと泣きそうになるときがあります。

3歳の時、某ろう学校の幼稚部に入り、それとは別に健聴者の幼稚園も入りました。理由は健聴者との付き合いに慣れさせるためと考えていたとのこと。

パソコンを初めて触ったのが、5歳の時でした。父が経営者だということがあり、少し触らせてもらったことで、パソコンが好きになってしまいました。

やんちゃな小学部時代

小学4年までは授業中に消しゴムを粘土のように遊んだり、教科書の絵を見て眺めたり、鉛筆でノートに落書きしたりしていました。

しかし、少人数のクラスなので、毎日のようにすぐばれたが、その行為を続けた。休憩時間で友達と遊ぶとき、僕の悪だくみで友達にケガさせたことは何度もありました。「自分はやってない」のに、責任転嫁で「あの人がやった」とうそをついたことは何度もあり、それが小学4年まで続けていました。

悪いことをするたび、先生や親に叱られ、迷惑をかけてたなと今でもつくづく思っています。

小学4年の時、生徒会選挙があり、5年生からの生徒会長に僕と同級生が立候補しました。

選挙の結果、同級生が生徒会長になりました。同級生が10票、僕は1票だったという記憶があります。僕は悔しくて、泣き叫びました。担任教師から「まじめに授業を受ける、掃除担任きっちりする、友達に悪いことをしない、されて嫌なことをしない。それをきっちりしたら生徒会長になれるよ」とアドバイスくれました。

5年生になり、授業は真面目に聞くようになり、掃除当番はきちんとこなしました。ただ、宿題を忘れるなどの問題はありました。

すると、次年度の生徒会の選挙で生徒会長に当選し、小学6年の1年間生徒会長を務めました。そこで人を動かす経験ができました。

しかし、小学5年・6年の時、担任教師に体罰を受けました。もちろん、宿題を毎日のように忘れた私も問題があったのですが、忘れると平手打ちなどをされました。

エスカレートしていき、答えを間違えるとチョークで投げられたり、胸ぐらを掴まれたり、頭を叩かれました。

「痛い」と言えなくて、我慢していくしかないと感じました。同級生が叩かれている僕を見て、胸が苦しくなり、同級生が、同級生のお母さんに相談してくれたらしく、僕の親に話してくれました。

当時の僕はそれを知らなくて、知らないままに家に帰ると、突然、母に「〇〇(同級生)のお母さんから電話があったけど、担任教師に何かされたの?」と聞かれました。しかし、僕は言えませんでした。しばらくすると母が「言いなさい。お母さんは味方だから」と言われ、5分沈黙後、全部話しました。

母が「担任教師があんな人だったんだね」と涙を流し、仕事から帰ってきた父に話しました。その1週間後、父がわざわざ仕事を休んでくれて、校長先生と小学主任の先生と母と父と体罰された担任教師で話し合いしました。その時僕は別室で宿題をしました。(僕の希望で体罰された先生の顔を見たくないということで、別室にさせてくれました。)

4時間ほど話合いをし、担任教師が謝りに来てくれました。それから小学を卒業するまで、体罰されることも宿題を忘れることもなくなりました。

中学部時代

中学生になると、卓球部に入りました。

しかし、卓球を言い訳に宿題をやってこなかったことが増えました。ある日、卓球部を強制退部されました。

理由は更衣室の掃除当番があったにもかかわらず、きちんとやらなかったからです。

強制退部されたことで危機感を感じ、宿題と掃除をきちんとこなすようになって、2ヵ月で復帰することができました。

知的障害者の友達ができ、駅も同じで、帰りの電車も基本的に一緒だったので、その関係で友達になりました。

最初は知的障害のことがわからなくて、最初はどう接したらいいかわからなかったのですが、付き合っていくにつれて、接し方を理解できるようになり、友達になりました。

もう一つ新しい体験ができたのが、ろう学校の寄宿舎に入舎したことです。寄宿舎は、基本的には遠方から来る人のためにあります。

その経験があったからこそ一人暮らしに活かせました。

しかし、トラブルもありました。知的障害者の友達が僕の部屋に入ってきて、よく絡みに来たことが原因です。最初は仲良くしていたのですが、毎日のようにやってきては宿題を邪魔されて、ストレスになりました。そのため、中学を卒業すると同時に寄宿舎をやめました。

卓球部では、中1の時、さぼってばっかりでしたが、2年から集中的に練習するようになり、3年で優勝を経験することができました。

高等部時代

高等部で情報の授業があり、プレゼン、Excel、Wordの使い方を学びました。好きなパソコンを触ることも増えました。

しかし、パソコンや卓球に熱中しすぎたため、勉強の成績が落ちました。数学で最悪18点を取ったこともありました。

それで留年の危機感を感じ、自分を変えるために本屋へ行き、お小遣いで「脳を活かす勉強方法」を読もうとしました。しかし、文を理解する力がなく、5ページで諦めました。図書室で簡単な小説から始め、簡単な小説から始め、本を読み漁り、再度「脳を活かす勉強方法」の読書に挑戦しました。内容も理解できるようになり、その結果、成績が少し上がりました。

それでビジネス書が好きになり、「レーニン教授の考え方(昔の本でうろ覚えです)」も購入し、読みました。

高校2年で、読み漁った小説のうちに将来こうなりたいなと思える小説もたくさんあり、さらに小説はいろんな人の人生を触れることができると実感しました。

月に4冊ほど小説を読み、そのおかげで漢検3級に受かりました。成績もさらに伸びました。

また、読書に通じて、健聴者の学校の友達との交流もあり、健聴者の高校生と仲良くなりました。

専攻科

高校を卒業し、専攻科に入学した。就職に近いことがあり、先生とマナーなどを重点的に学びました。

僕が過ごしてきた専攻科時代では、勉強よりも実戦形式でした。教科書を使って勉強するよりも、マナー、話し方、表情などをいろいろ実践させていただきました。

実戦形式でさせてくれた先生方には感謝しています。

社会人時代

就職活動の結果、某メーカーに内定し、無事に入社しました。

しかし、入社当時、違和感に気づきました。

僕は、ビジネス書で学んだことから「自分の頭で考えて行動するイメージ」を持っていました。

しかし、実際には、指示されたことをそのまま実行することでした。しかも、給料が安いまま(月給16万円)、将来結婚してもこの給料でやっていけるのかと不安になりました。

給料を上げるにはどうしたらいいかと、さらにビジネス書の読書を始めました。色々読んでいくうちに、ある本と出会いました。

「金持ち貧乏父さん」という本です。

その本では、会社で働くということは、上司、社長の成功を手助けしているのと同じ。自分で成功したほうが幸せな人生になれると書かれていて、衝撃的な内容でした。

給料面を含め、危機感を感じ、自分で成功するしかないと、さらにビジネス書読書を始めました。

22歳から新しい挑戦として独り暮らしを始めた同時に、卓球サークルなどに入り、友達作りを徹底しました。

その中で私と同年齢の起業家と出会い、心が熱くなり、鬼電のようにしつこく質問責めをし、ビジネスなどを教えていただきました。

しかし、最初のころはうまくいきませんでした。振り返れば、自分一人で努力してたと思っています。

思い切って、相談すると、「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」という言葉をいただきました。どういう意味ですか?と聞くと、すでに成功している人、結果を出している人のやり方を真似ると成功できるということです。世の中のアイデアは真似ていることが多い。ゼロからアイデアを出すのはほとんどない。だから、アイデアも歴史から学んでいるのだよというアドバイスをもらいました。また、ゼロからアイデアを出して成功した人は見たことがないといわれました。

そこでハッとしました。自分は自分の経験から考えていたんだと。そこから起業家のやり方、考え方、話し方を全て真似から始めました。すると、人生が少しずつ変わっていると実感しました。

ブログを通じて伝えたいこと

自分の人生は自分で選択しよう

自分を経営する。自分の人生の経営者は「他人」「親」「先生」「先輩」でもなく、自分です。他人に言われたから「やる」「やめる」ではなく、自分の意志で決めることが大事。聴覚障害者の私が、聴覚障害者のあなたにできることはビジネスを始めるきっかけの提供です。ビジネスを始めるのであれば、一緒に頑張りましょう。

夢を掴むのは自分

「夢は逃げない。逃げるのは自分」 現状を変えられるのは自分自身です。夢を掴むためには自分が動くことが第一です。夢は必ず実現します。その為に色んな人との関りを持ち、色々なことに興味を持ち、経験していくことが大事です。

自分の力で稼ぐ

老後資金2,000万円問題、AI導入によってこの先はどうなるかがわかりません。リストラされた場合、生活のことは考えていますか?万が一、会社が倒産したら生活のことは考えていますか?給料で稼ぐ自分から「個」で稼げる自分へ。

最後まで読んでいただきありがとうございます!

悔いのない選択を!